『東北地方太平洋沖大地震』(日本)その59
「ごめんなさい」の方程式(3・11以降)。
①首都圏:「福島原発」(東京電力)の発電で、自分達の電力が潤っていたと知って、「謝って」(反省)しまう人々。→「福島原発」立地地帯の「多数派」住民の、「3・11以降」の「ぐち」(「首都圏に電力」を等々を言い始めた※1))に、反応して「謝ってしまう」喜劇。
※敗戦後:当時産まれてないのに、他のアジア諸国を訪れて、「謝る」人々のナンセンスと通じる。
②首都圏:計画(輪番)停電に騙され、「節電を公(ネット・ツイッター含む)に勧めた」人々。→現在、原発一基(54基中※1)しか稼働してませんが、電気足りている事実。なのに、当時「加担」(結果として)しておきながら、「謝らない」(訂正でもいい)人々。
※戦時中に「欲しがりません勝つまでは」と言っていた(言わされていた、騙された等々)のに、戦後、「“そこ”にふれない」で日常に溶け込んだ人々のナンセンスと通じる。
小学校(幼稚園?)で習うでしょう。
「間違ってもいい。でも、間違ったとわかった時は、きちんと「ごめんなさい」しましょう」って。
戦後、マッカーサー(米国)GHQ総司令官は、「この国」を12歳の少年に例えた。
残念ならが現在は、6歳以下みたいだ。
3・11以降、「国家の暴走」と同じく、「市民の暴走」が顕在化(その殆どが「善意」だ)し、先の戦(中)後がどうだったのかがよくわる悲劇。
「紛争地」でも同じ。最終的には「市民の暴走」が一番怖い。
※1:泊原発3号機(北電力)のみ(延長して!)稼働中(3・26、柏崎刈羽原発が停止し、東電原発のすべてもとまった=前例あるから驚かないが)。
※2:「公的に発信しても」、選挙権がない若人は対象外。
※3:私は大人(選挙権)として、被ばくした子供たちには謝る=危険性を約20年前から知っていたのに、3・11まで原発を止められなかったという、大人としての「結果責任」。
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